2018年6月7日の【介護日記】から
一昨日は予約していた胃ろう交換のキャンセルをした投稿を振り返りました。
今日はそれより1年前の胃ろう交換の日の振り返りです。
最後に「1年後も父がいてくれることを祈る」と綴っていますが、それは残念ながら叶いませんでした。
いつかは訪れる「その時」ですが、なかなか真実味がわかず、父は永遠に私と共にいてくれると本気で思っていましたよ。
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【介護日記】2018年6月7日
昨日、父は1年ぶりの胃ろう交換をしました。
付き添った母曰く「えっ?!!(゜ロ゜ノ)ノ もう?(終わった?)」って驚くぐらいあっという間に済んだとのこと。やれやれ~( ̄▽ ̄;)
胃ろうの造設や交換は難しくない、怖がることじゃない……そう聞いてはいます。実際に簡単に済んでいますし。
でも、ド素人の私はわかってはいても毎回この日は祈る思いで仕事にも身が入りません💦
ホントは休みを取って付き添いたかったんだけど、母に「あんたがいなくても胃ろうはできるの!」と一喝され(確かに(笑))、私はいつも通り仕事に行きました。……有休は何かあったときのためにとっとけ!ということで(笑)
そして夜、帰宅してから母から報告を受けて安堵。前述のように、何も問題なく拍子抜けするほど短時間でスムーズに終わりました。
ところが父を見てみると、カッと眼を見開いたまままったく動かず。声もあげない。不謹慎な例えですが、死後硬直か?と思うほど固まって……( ̄▽ ̄;)
そのため、母は病院から戻ってからずっと父の手を握り体をさすっていたそう。
私も食事もそこそこに、声をかけたり手を握ったり、顔をこねくりまわして(笑)父に刺激を与えました。
体調が悪いわけじゃないんだけど、移動で疲れたのと、病院という場所に行ったことで不安を感じ、神経が高ぶっていたんだと思います。
しばらくしたらいつもの(?)うなり声や痰がからむ音がして、いつもなら心配な反応になぜか一安心(^o^;)ホッ
胃ろうを1年も持たせるのってけっこう稀なケースらしいですね。
胃ろうを初めて造った時は、確か3か月だか半年だかで交換と言われて次回交換の予約を取りました。
でも、担当のドクターが「これだけキレイならもっと先の交換でも大丈夫」と毎回言ってくれ、半年での交換が8か月後、10か月後と変わり、今では1年での交換になりました。
今回も「1年も使っていてこんなにチューブがキレイなのは今まで見たことない」と言ってくれました(* ̄ー ̄)エッヘン
胃ろう交換の投稿をする度に同じこと書いてると思いますが(笑)、私も母も長持ちの記録を狙っているわけではありません(笑)
胃ろうの交換……処置というのか手術というのか……の回数を少しでも少なくしたいだけ。父のために。
父本人の決断を聞くこともなく……聞きたくても聞けません……胃ろうにしてしまいました。それなのに交換時に辛い思いをさせることが申し訳なく思ってしまって(>_<)
危険なものではないけれど、交換時には多少の痛みは伴うだろうし、何よりも父がとても恐怖心をおぼえます。
今回も「さらわれちゃったんだよ~(。>д<)」とずっと怯えていました。認知症のためにいくら説明しても理解できず、ただただ恐怖に父は震えていました。
とにかく父を怖がらせたり不安にさせることだけは阻止したい。だから1回でも胃ろう交換を減らしたい。
以前、「胃ろうを長期間もたせることに何の意味があるのか?」みたいなことをある人に言われたことがありました。
その方も介護経験のある方だそうですが、そんな言葉を突きつけられてこんな私でもけっこう傷つきました(._.)
「父の不安を少しでも減らしたいから」というのがそれに対する私の答えですが、これって無意味ですか?
無意味かもしれませんが、このこだわりが我が家のこだわりなんです。
いろんなリハビリを積極的に行うこと、とても大切だと思います。
でも、私は父にはとにかく痛い・苦しい・怖い・しんどい思いをさせたくない。無理はさせたくありません。
だからいいと思うことでもなかなか積極的になれないこともあります。
嚥下リハも今は専門のドクターの訪問はありません。診断の結果、今以上の回復は難しいと言われてしまいましたので。
でも、口から食べるのを完全に諦めたつもりはないので、主治医に相談しながら父の様子を見つつ、私ができる範囲でアイスやかき氷を食べさせています。
今、父は私が娘だとわからなくなって毎日「テメェは何だっ!(#`皿´)」と悪態をつかれるばかりですが(笑)、そんな父がとても愛しいです。
来年の胃ろう交換も1年後に予約しました。
1年後……父がまだ私の傍らにいてくれることを願います❤