泣き虫 笑福(わらふく)の在宅介護回顧録

約19年にわたって父を在宅介護してきた時に某SNSに綴っていた「介護日記」の振り返りです。

2022年2月9日の【介護日記】から

ちょうど1年前の誕生日の今日、このブログを始めました。

次から次へと押し寄せる問題(身内のバカがいろいろやらかしてくれて💢)に耐えきれずメンタルを病み、父を偲ぶことで心が穏やかになるので、ひとり振り返りで自らの心のリハビリ。

読者はほぼお一人(笑)

いえ、ひとりでもずーっと続けて読んでいただいて幸せです。pdmk0830さん、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。

 

   ↓


【介護回顧録】2022年2月9日


今日のニクの日で、私は二十数年前に父の介護を始めた時の母の年齢と同じになりました。

私は独り身なので、ある日突然夫の介護が始まったらということについてはピンときませんが、あの時の母はどれだけショックだったことだろうかと今更ながら考えます。

父が倒れたという電話が入った時、いつも気丈な母の声が震えていたのを覚えていますから。

でも、母が動揺したのはその時だけ。

以降は悩んだり落ち込んだり苦しんでいるヒマなんかない!と、テキパキ父の在宅介護に向けて動きまくっていました。

さらに自営業をやっていましたから、母がその日から全責任を負わなくてはならなくなり、父が危篤状態であっても店を開けないわけにはいかず、父の傍にいることもできず(私と妹が交代で付き添いました)お客様とはいつものようにニコニコ雑談を交えて対応。内心は心臓がおかしくなるほど動揺していて仕事どころではなかったはず。それを母は必死に(端からは必死に見えない!)こなし、退院後は父を最期まで在宅で介護し、看取りました。

私が今の自分自身を見て考えても、この年齢で母はあの試練を乗り越えたんだな~と思うととても敵わない。一概には言えないけれど、私の感覚では親の介護をする年齢ではあっても、配偶者の介護をするには若すぎるんでないかい?って感じ。もちろん年齢差カップルやヤングケアラーだってたくさんいますから、介護に年齢は関係ありませんが。

私が「在宅介護19年やってきました」と言ったところで、それは母の存在があってこそ。母の強さがなかったら、確実に私は自分が壊れてすべて投げ出していたと思います。

母がいたから父の介護ができたし、それを幸せだったと思えるんです。

それなのに母は、いつも「笑福(仮名)がいたからお父さんを最期まで家で看られたよ。ありがとう」と言ってくれます。それはこっちの台詞だよ(涙)

いまも相変わらず強い母。先日、ご主人を亡くした幼なじみの友人から電話が来たそうです。

一応(!)「寂しいでしょ~?」とお悔やみの言葉をかけたら、「それが全然!(寂しくない)」と友人😲

母も「私もそうなのよ!お父さん(自分の夫・私の父)が死んでも全然涙が出なかったのよ~。だっていつもそばにいるのがわかるから。だから娘が仕事に行った後、しょっちゅう話しかけてるのよ。存在がわかるの!だから寂しくないの」。

母の友人も

「そうそう!ずっとそばに寄り添ってくれている感じがするの」

こうして互いの配偶者の死を認めつつ、「命」はなくなったけど「いのち」は永遠に一緒にいるんだと断言する傘寿間近のババア2人(笑)

私と違って母はとっくに自分でグリーフ・ケアができている。そもそもグリーフ・ケアなぞ必要ないくらい。常に父のいのちと一心同体。

今でも毎日涙が止まらない私は、自分が情けなくなってくる。セルフでグリーフ・ケアをやっちゃる!😤と息巻いていた私はどこ行った?

母のように強くなく、三回忌が過ぎても父の死を悲しんでいる弱い私は、父の「いのち」がずっとそばにいてくれるということをわかっていても、やっぱり姿を見たいと常々思っている。ホントに情けない😢

……というわけで、戸籍年齢および肉体年齢はさらに歳を取りましたが、精神年齢はまだまだお子ちゃま、永遠の5歳のチコちゃんです。人に「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と喝を入れる前に、自分がしっかりせい!って感じです。

母も今年の夏には傘寿を迎えます。介護がスタートしたときにはいわゆる現役世代(だよね?今のわたくしの歳だもん)だった母は、父の介護が終わる時には後期高齢者になっていました。

父が倒れた後に生まれた孫の怪獣1号も今年成人式を迎えました。怪獣2号はこの春から高校生です(先日志望校の推薦に受かりました🙌)

そんなにも長い年月を母は父の介護、店の経営から店じまいまで、不動産処分等精力的に動いてきました。

そしてすでにありとあらゆる終活をしています(わが家には食器の類いがほとんどなくなりました。もう鍋から直接…のパターン🤣)。

しかし最近はさすがに疲れた顔をすることも多くなりました。これまでのことを、「よくもあれだけできたもんだわ!」と自分でも言っています。

やはり気が抜けた部分もあるんでしょうね、急に病気のオンパレードになりだしましたから。帯状疱疹、ガン、腰痛、白内障、坐骨神経痛等々……。それでも「病院に自力で行けるだけの筋力は保たねば!」と、狭いアパートの一室でラジオ体操に勤しんでいます。が、慣れない体操で無理がたたったのか、気候のせいもあるのか、今日は腰痛がひどくなって起き上がれません💦


そして、わが家はまだ大問題が解決していないΣ(ノд<)

それにも母は果敢に立ち向かおうとしている。ヘタレな私は心が病んでしまったほどの問題なのに。

だけど私も頑張るよ。これからは母を守る側に私がならなくちゃいけないんだから。


だから私も母のような強さが欲しい!

いや、この強い母を守るためのさらなる強さが欲しい!

神様!今年のバースデープレゼントに、どうか「強さ」を私にください🛐

どうか…どうか…お願いします(。-人-。)

そんなことを思っていたら……誕生日なのにまたもや問題発生💦

「強さ」をお願いしたらいけなかったのかな?😞

もぉイヤだ~😭😭😭💦

仕事中なのに意識が遠のき、いきなりボウガンで心臓撃ち抜かれたような苦しみの再来🔫

もうお肉を食べたいという気持ちもわいてこないから、とりあえず心を落ち着かせるために

2月9日は

2=フ

9=ク

これからは「福の日」と思うようにしよう。さて、この自己暗示がどこまで効くか(。-人-。)

P.S.

帰宅したら腰が痛いはずの母が、わざわざイチゴショートを買っておいてくれてた🍰

涙が口にまで伝って、しょっぱいケーキだった🍰

×

非ログインユーザーとして返信する