2019年8月24日の【介護回顧録】から
父が亡くなってから3か月ほど過ぎた頃、偶然に見かけた訪問入浴サービスの車。 スタッフさんたちとの別れは突然でした。 いくら体調が悪くてもずっと入浴できないのはかえってよくないと思っていたから、入浴のお休みはせいぜい2~3回で、少しでも体調が小康状態になったら短時間でもお願いするつもりでしたし、スタ... 続きをみる
約19年にわたって父を在宅介護してきた時に某SNSに綴っていた「介護日記」の振り返りです。
父が亡くなってから3か月ほど過ぎた頃、偶然に見かけた訪問入浴サービスの車。 スタッフさんたちとの別れは突然でした。 いくら体調が悪くてもずっと入浴できないのはかえってよくないと思っていたから、入浴のお休みはせいぜい2~3回で、少しでも体調が小康状態になったら短時間でもお願いするつもりでしたし、スタ... 続きをみる
今年の暑さは異常だと言われているけれど、6年前の夏も父にはしんどかったと思います。 毎日一緒にいるのに衰えがすごい進むのがわかりました。 父の回復を必死に祈り続けた夏でした。 ↓ 【介護日記】2017年8月23日 本日、父は10日ぶりの入浴♨ 私の体調不良とほぼ時を同... 続きをみる
いやいや、10年以上遡った振り返りなんて久しぶり?……なんて言うほどまだ投稿していませんが(笑) この頃は要介護状態とはいえ、車椅子で出かけたり好きなものを食べたりして、歩けないのと時々頭の中がフリーズしたりお花畑になる以外は何の心配もなく、穏やかに暮らしていました。 ... 続きをみる
今年も雨や台風などの自然災害が多いですが、この時も(…というより最近はほぼ毎年)大きな事故があってニュースではそればかり報道していました。 父にあんまり恐怖を与えるニュースは聞かせたくないんだけど、ラジオはNHKオンリーのわが家なので仕方ない(笑) 寝たきりになっても、認知症... 続きをみる
久しぶりに父を見送ってからの回顧録、振り返りです。 亡くなってからも父宛の郵便物が届くのは切ないものでした。 そういえば昔、二十歳前に親友が急逝したのですが、彼女のお母様が「本人がいないのに振り袖のカタログが送られてくるのよ。電話もよくあるんだけど、『娘は亡くなりました』と言うと電話の向こうの... 続きをみる
この投稿をした2013年8月は今思うと、父が入院して経管チューブ装着となり、前月に退院はしたものの衰弱していて、もう長くないかも…と、そう遠くない将来に訪れるであろう看取りに向き合う覚悟を秘かに決めた頃だったような。 だから、必死に父から話を聞こうとしてたのかもしれません。 私が子ど... 続きをみる
毎年、この時期になると必ず振り返る父の「ものがたり」。 戦争の最前線ではない、銃後を守る女とともに戦争を戦い抜いた子ども(父)の実体験です。 「クスッ」と笑って話せる時もありましたが、要介護状態になってからの父は、この話をすると「エーン!」と子どものように泣きじゃくるようになりました。 ... 続きをみる
19年在宅介護してきました……とは言っても、メインで父の介護をしていたのは母で、私はそのサポート役にしかすぎません。 父から一時たりとも目を離さない母は、機器に頼らず父の体調を完璧に把握。 すごいです。 ↓ 【介護日記】2015年8月14日 &nb... 続きをみる
今となっては懐かしい父のオムツ交換。 一度として「イヤだ!」と思ったことはありませんでした。 もちろん💩のニオイはするけれど、それをくさいと不快に思ったこともありません。 排泄の観察は父の健康管理に大切なことでした。 でも、いろいろやらかしていたのが、そそっかしいわたくし(笑) 味噌もク○も一緒... 続きをみる
経鼻カテーテルを装着してからは、常に喉に違和感があったと思います。 ずっと胃カメラ検査やられているようなものですから。 申し訳ないとは思いつつも、命には代えられないから心を鬼にして痰の吸引していました😢 自力で痰を出してくれると嬉しくて、思わず素手でキャッチしてしまうこともしょっちゅうでした(笑... 続きをみる
暦の上では秋なのに、何なのこの暑さは?🔥 暑さは要介護者である父にとっては、我々以上に命の危険が伴いますから、介護する側も命がけでした。 そこでやっかいなのが母(笑) 母に限らず高齢者は「冷房は体に悪い」が染み付いているので、冷房を付けさせるのに一苦労(笑) よく父の主治医に怒られてました。 室... 続きをみる
誤嚥性肺炎を発症してからは、父は口から食べることができなくなり、数年は経鼻カテーテルを装着していました。 しかし、毎月交換するたびに辛い思いをさせてしまい、いつも鼻からプラプラと管がぶら下がって、さぞかし父は不快だったと思います。 かといって胃ろうを造るのにも我々家族は抵抗があり、決断までに葛藤の... 続きをみる
少し間が開いてしまいました。 暑くて過去を振り返ることもしんどいほど。 今日の振り返りは、父にとって最後の夏。 この翌年の夏にはもう父は旅立っていました。 昨今の暑さを考えると、もしいま父が生きていたら、はたしてこの暑さに耐えられただろうかと思ってしまいます。 父を介護していた住まい... 続きをみる
要介護で認知症の症状が出てくるようになってからは、突拍子もない役柄を要求されることもしばしば。 とにかくとんちんかんなことを言われても、否定はしない。それを厳守して父との会話はなされました。 私たちが夢であり得ないシチュエーションを見るように、あり得ないことでもその時の父にはそれが「現実... 続きをみる
私の父は生涯オール自前の歯でした。 だから昔は歯でビールの栓を開けちゃいましたし、スペアリブは骨までバリバリ🍖 ロクに歯磨きもしなかったのに、虫歯もほとんどなくって(爪楊枝でシーハーしていたから、食べカスとかの歯の汚れは取れていたんでしょうね)。 だから介護をするようになったら、父の歯磨きは... 続きをみる
暑い夏でも冷房つけっぱなしだと冷えてしまいます。 ことに父は体温調整を自力で行うのが難しくなってきていたので、母と私で小まめにチェックをしていました。 で、父のためのグッズは市販品だと帯に短し襷に長しなので、父にとってベストなものは基本、母の手作り❤️ 私の履き古したルーズソックスとか、見た目... 続きをみる
私が家にいる時(仕事が休みの土曜日)の入浴時には、元大手エステティック会社勤務の(現場じゃなかったけど🤭)腕をふるい、ゴッドハンド(?)によるフェイシャルケアスペシャルコース💆 父は顔にホットタオルをのせると「アチいよっ!バッキャロー💢」とか「コンニャロー💢」とか喚きますが(笑)、私は決し... 続きをみる
昨日アップしたのと同じ年の投稿です。 経鼻カテーテル装着した父への栄養補給のことを綴っています。 私は結婚はもちろん、子どもを持った経験もないので、四十代になって初めてミルトンなるものとご対面。 ミルトン専用容器を買いに、やはり初めて西松屋へ。 ↓ 【介護日記】2013年7月22... 続きをみる
誤嚥性肺炎で入院し、口から食べることを禁じられて経鼻カテーテルをつけた父。 介護といっても今まで経験してきたそれとは違うものだと覚悟をして父を病院から迎えました。 父が倒れるまで家事もロクにやってなかったパラサイトシングルの私には、どうってことない普通のことも最初はしんどかったです。 ぐうたらのく... 続きをみる
私の推しキャラはポムポムプリン❤️ なぜかドーナツ枕までありました。 私自身には使い道がなかったのですが、父の介護に大活躍! 夏場は高湿度による浮腫みや熱中症、脱水症の他、足指の間が蒸れちゃうから、そこまで目を光らせていました。 ↓ 【介護日記】2014年7月19日  ... 続きをみる
訪問入浴のスタッフさんには大変お世話になりました。 皆さん父に親身に接してくれ、父の「バッキャロー💢」も絶好調です(笑) ただ、やはり一所懸命でも元来ザツなお方もいらっしゃって……(苦笑) 本人はそんな気なくても洗い残しや傷を作られちゃったり💦 だから最初か... 続きをみる
要介護となっても父との何気ない会話は幸せなひととき。 元々はロクに会話もない万年反抗期の父娘でしたが、介護を通じて穏やかな関係を築くことができました。 ↓ 【介護日記】……と題していいものかどうか(-""-;) 2015年7月1... 続きをみる
11年前の投稿。 体調を崩した父を入院させるか否かで主治医と話し合いをしましたが、私と母は迷わず在宅での治療を選択。 在宅介護が始まってから10年は経っていますが、本当に寝たきりの状態になってからはまだそれほど経ってはおらず、いろいろ不安でいっぱいでした。 点滴の調整もオドオドしながら。 ... 続きをみる
6年前の今日は、二度投稿していました。 自宅にずっといて父に付き添っていたわけですが、四六時中ずっと父を看ているわけでもないので、時間的余裕があったからでしょうね。 この頃は父の体から出る痰も耳垢も💩もすべて愛おしくて、健康チェックのためにギリギリまで顔を近づけて(ド近眼なので🧐)観察して... 続きをみる
まだ【介護日記】のタイトルがない頃です。 誤嚥性肺炎を発症した父が、2度めの入院……というか、前回の入院からすぐに再入院となってしまい、ようやくちゃんと退院ができたときです。 いよいよステージの上がった「在宅介護」の始まりの頃。 不安で不安でたまらなかった時です。 &n... 続きをみる
この時、父は体調がよくなかったんですね。 熱を出した後の日の投稿です。 そしてこの頃、私は父の嚥下リハに必死でした。 母はまた誤嚥性肺炎を起こしたらかわいそうと消極的でしたが、私は口から食べる楽しみを完全に奪いたくなかった。 固形物は無理でも、大好きなかき氷ならと思って、できるだけ時間を作って... 続きをみる
ちょっと今日は疲れてしまったので、振り返りはパスして過去の投稿をまんま掲載。 だけど読み返すと父の衰えるさまを思い出して切なくなりました(T-T) ↓ 【介護日記】2018年7月10日 冷房が苦手な父と母も、この暑さでは日中は冷房を使わないわけにはいきません。 だ... 続きをみる
毎年暑くなると熱中症対策に気が抜けません。 胃ろうになってからはやたらに飲ませられないので(寝たままでは逆流して危険、胃ろうから水分入れたらしばらく上体起こしてなくてはならない)、水分不足になる前に対応するようにしていました。 体調が悪いと入浴スタッフさんはやはり中止をしがちですが、汗で湿った... 続きをみる
この頃は普通に手洗いうがいをしたら軽い気持ちで父のそばへ近寄れたけど、当時コロナ禍になっていたらそうはいかなかったでしょうね。 身近にも高齢の親御さんに会えないと嘆いている人がたくさんいました。 マスクなし、行動規制なしと、いろいろ緩和されてきたけれど、もう第9波だっていうし。 気をつけな... 続きをみる
若い頃は海外旅行が好きでした。 ネパールやモンゴルに行くと言ったときには両親に心配をかけていたんだな、と今になって思います(笑) 読む本も旅…特にアジアに関するものが多かったです(「深夜特急」は宝物!)。 バックパッカーになる度胸はなかったので、本の中で大胆な個人旅行をしていまし... 続きをみる
笑いは病気を撃退します。 そして何より肺活量がアップして血液中の酸素濃度が増えるから、暇さえあれば私は父を笑わそうと試みていました。 子供じみたゴリラのマネやブタのマネでも父は「バッキャロー💢(笑)女の子がみっともねえぞっ!🤣」って。父の中では私はお年頃の女の子❤️(笑) 父のために芸人になれ... 続きをみる
最初は家族で必死に家風呂に風呂用車イスで父を運び、シャワー浴をさせていましたが、いつまで続くかわからない重労働(いつまでも続いてほしいんだけどね、体力的には限界)なので、ほどなくして訪問入浴サービスを利用するようになったわが家。 最初の頃こそ父は恥ずかしがったり嫌がったりしていましたが、この頃には... 続きをみる
父のシモの世話は何てことありません。私らにとっては。 でも、はたして父はどうだろうかとよく考えてしまいました。 家族以外がオムツ交換をすると嫌がります。 でも、私と母が必ずしも二人いる時にお通じがあるとは限らないし、私らも腰の具合が良くないときは訪問介護のスタッフさんに手伝ってもらったことも。 「... 続きをみる
2015年。この頃は在宅介護とはいえ、母と二人三脚ということもあって、私も仕事終わりに出かけることも(ほとんどが介護に関する勉強会でしたが)ありました。 玄関を入ってすぐのところに父の寝ている部屋があるので、私は帰りが遅いときは(皆さんそうでしょうが)抜き足差し足忍び足…&helli... 続きをみる
父は元々柔道をやっていたからでしょうか、半身マヒになってからも体幹がしっかりしているとよく言われました。 だから動くほうの腕っぷしの強さは現役そのもの👊 それも利き手じゃないほうなのに。 この暴れん坊の父も、やっぱり大切な私のお父さん❤️ ↓ 【介護日記】2018年6月29... 続きをみる
在宅介護にはマニュアルもルールもありません。 要介護者……わが家の場合は父ですが、父が快適ならそれでよし👍️ 介助の際に、マヒ側をどーのこーのとか教本にはあるようですが、父はそれと正反対のほうが父本人も私たちもラクでした。 で、この日もマイルールでやりたい放題(笑... 続きをみる
身体の大きい父のオムツ交換は、慣れるまでは2人がかりでやっとこさっとこでした。 でも、慣れるとひとりで難なくこなせるように。 しかし、この日のようにウ○コのついた手を振り回して指揮をとるのは、いくら父の命令とはいえちょっと無理~🙅 でも、本来「ミソもクソも一緒🤣」 これくらいの心持ちでいるのが... 続きをみる
私が【介護日記】を綴っていたSNSは「過去のこの日」があって、過去の同日を振り返ることができます。 だから今日は振り返りの振り返り。ダブル振り返りです。 3段階の振り返り。 年月の経過とともに、「あんなことあったな~」とある程度余裕を持って客観的に己を見ることができるようになってきたと思いますが、... 続きをみる
私A型、母B型。 性格まったく正反対。 だから介護ではお互いのやり方に納得がいかず、よく衝突しました。 どっちも父のためによかれと思っての愛ある争いなんですけど、母娘だから遠慮なくてすごいバトルになることも。 その度に父は悲しそうな顔をしていました。 今でも父に申し訳ないことをしたと反省しています... 続きをみる
父の在宅介護は母と一緒にやっていました。 母はすごくて、自営業を営んでいた父が突然倒れて、介護をしながら仕事を父の分もこなし、それなのにちっとも弱音を吐かない(ひとりで苦しみを抱えていたとは思います。最近になって告白し出していますから)。 そして母の父を見る観察力のすごさったらありません。 ど... 続きをみる
今年は同日が水曜日なので「あれれ?」と一瞬思ってしまいましたが、曜日で決まる記念日は年によって日が変わりますね。うん(笑) 仕事の合間の休憩中に父の日の話が出てきたものだから、なんかウルウルしちゃう振り返りです。 介護の最初の頃は、爪を切ってあげた後、父は自分で指と指を擦り合わせて、引っ掛... 続きをみる
この日は父に申し訳ないことをしてしまいました。 父のオムツ交換はマメにしていたのに、仕方なかったとはいえ、汚物で皮膚がただれてしまいました。 東日本大震災のときの恐怖はいつまでたっても薄れることはなく、ちょっとしたことからフラッシュバックしてしまいます。 父のオムツかぶれで被災地にいた父と同... 続きをみる
明後日は父の日。その前日になりますが、明日父のお墓参りに行く予定です。 そんなときに四十九日の投稿を見つけました。 幼稚園生の頃、母の日に折り紙で赤いカーネーションを作る中、お母さんのいない子は白いカーネーションを作らされていたけど、あれってすごい残酷な差別だと今更ながら思います。 父の日... 続きをみる
最近出番が多い、10年前の入院生活の振り返りです。 医療従事者のことを悪く言うつもりはないけれど、現に被害をこうむりましたからね。未遂だけど。 肺炎で入院、しかも要介護の高齢者。どんだけ体調の変化が起こるかわかりません。 それなのに、「さっき測りましたから」という検温をまんま信じて、たった今、... 続きをみる
ここのところ2013年の振り返りが多いでしょうか? 【介護日記】というより【入院付き添い日記】といったほうがよろしいかな。 父にはなるべく自宅に近い生活を(錯覚であっても)させてあげたいと思いつつ、私のほうはある意味非日常の生活をできるだけ楽しむようにして自身のメンタルを維持していました。 セ... 続きをみる
また時系列飛んでしまいましたが、2013年、父が入院中の投稿です。 私自身の寝床も作らなくてはならず、建物の構造上部屋の角に柱の出っ張りがあって簡易ベッドを置くスペースを確保するのに難儀しました。 以前、父が脳内出血を発症して手術をし、その後リハビリの病院に転院して入院していたときは、比較... 続きをみる
この時期は毎年胃ろう交換の投稿になっていますね。 続けて読むと、一昨日の投稿と内容ほぼ被り(笑) 胃ろうの交換=手術という思いがあるから、心配で心配で💦 だけどある時、訪問入浴の際に看護師さんが「ピアス開けるぐらいに思って大丈夫ですよ。抜けたらすぐに孔が塞がっちゃうくらいですから」 おぉ!そう考... 続きをみる
一昨日は予約していた胃ろう交換のキャンセルをした投稿を振り返りました。 今日はそれより1年前の胃ろう交換の日の振り返りです。 最後に「1年後も父がいてくれることを祈る」と綴っていますが、それは残念ながら叶いませんでした。 いつかは訪れる「その時」ですが、なかなか真実味がわかず、父は永遠に私と共... 続きをみる
寝たきりになってからの父は、最初の頃こそ出る前に訴えてきたので、尿瓶で取ることができました。 やがて尿意を訴えることがなくなってからは、マメにパッド交換。 よく「○回分のオシッコを吸収」と説明書きにありますが、やはりアンモニアが付いたまま長時間置きたくない。 時間を決めていたわけではないけ... 続きをみる
父を見送ってから約1か月後。 なんだか体に力が入らないような。 だけどボーッとしている時間はないと、母も私も馬力全開でこの日まで過ごしていました。 今でもこの時のことをたまに振り返りますが、悲しいはずなのにドタバタ満載で笑いも盛りだくさんでした。 ↓ 【介護回顧録】201... 続きをみる
父は高齢者特有のシミとかできず、最期まで色白の美肌でした(笑) それは娘の私によるフェイスケアの賜物……なんつって!(笑) 私は若い頃、業界最大手のエステサロンに勤務していたこともあり(本社勤務だったので現場は知りませんが)、エステティシャンの研修を見よう見まね... 続きをみる
10年前のこの日は3連投稿でした。 父の入院がどれだけ長引くかわからないので、住み着く(笑)覚悟を決めたようです。 ちょうど仕事のことで雇用側と揉めていて、我慢の限界でキレた私は辞めることを選択。 介護離職ではないけれど、時期的に辞めたことで介護に専念するのは私が中心になり、これは後々反省すべ... 続きをみる
父が亡くなる前から参加表明をしていた特別な勉強会。 素人の私を、一緒に在宅医療を学ぶ仲間としてドクターやナースの方々が受け入れてくださり、参加の機会をいただきました。 もう介護が終わった私なのに……と悩みながらも、父が亡くなったから介護を終える必要はないんだ、誰彼関... 続きをみる
10年前、父は入院中でした。 私は病院から仕事へ行く日々でした。 私が病室を出るとき、父は悲しそうな顔をするから、後ろ髪を引かれる思いで仕事に行っていました。 病室を出たらナースステーションに立ち寄り、「父のことお願いします」と、看護師さんを脅し…いや、お願いをして(笑) ... 続きをみる
父との別れ以来、涙が出ない日はありませんでした。 今でも……。 悲しいだけの涙じゃないんですよね。 幸せだった頃を思い出したり、小さい頃にヒョイと軽々抱っこしてもらったたくましさを思い出したり。 嬉しくても泣けてくるんです。 だからブログのタイトルにも「泣き虫」がつ... 続きをみる
私は父の爪切り係でした。 今でも自分の爪が伸びると、父のケアをしていたときのことを懐かしく思います。 湯灌の時も最期の爪のケアをさせてもらいました。 生前の父の手の温もりと、湯灌をした時の冷たさ、どちらの感触もしっかり覚えています。 ↓ 【介護日記】2016年5月28日 ... 続きをみる
父を看取って3週間の頃。 なんだかハイテンションです。 泣いて笑って感情の変動がすごい目まぐるしい頃でした。 でも、職場では普通に仕事してたし、忙しくすることで心をコントロールしてたのかな。 あっ! 断捨離はまだなぜか続いています(笑) どんだけモノがあったんだろうって(笑) &da... 続きをみる
10年前の投稿再び。 入院中だったんですね。 でも、なんだか私も穏やかな気持ちのよう。 父の介護&入院といえど、まったり気分も時には味わえます。 ささやかな幸せ😃💕 ↓ 【介護日記】2013年5月25日 おはようございます。 父は一晩中絶好調(?)で、夜通し「お... 続きをみる
今日は2015年の1コマです。 誤嚥性肺炎にすごく過敏になっていて、とにかく父の口腔ケアを鬼のようにしていました。 いろんな製品を片っ端から試し、かなり散財もしましたが、結局のところオーソドックスに細かく念入りに歯ブラシで磨くのが一番だということに落ち着きました。 幸い、母と二人体制でできたので、... 続きをみる
在宅介護中、父は週2回訪問入浴を利用していました。 在宅介護を始めた頃は、家族がベッドの上でシャンプーをしたり、おシモを洗ったり。 それだと全身は洗えないので、そのうちお風呂用の車椅子を購入し、母と私と妹で父の体を隅から隅まで洗いました。 しかし、私たちで父を湯船につからせてあげることはできません... 続きをみる
また父が亡くなった後の【介護回顧録】に戻ります。時系列メチャクチャで申し訳ありません。 父は亡くなってからもずっと一緒にいてくれるんだということを感じるエピソードです。 肉体がないから時空間を超えてあちこちに出没。 まるで夢の国のキャラクターのようです(笑)←余談ですが、あのキャラクター... 続きをみる
久しぶりに在宅介護の普通の日常(?)の投稿です。 ふざけているようでも、父に対しての敬意は忘れていないつもりです。 介護がしんどいかそうでないかは、考え方次第だと思います。 うまく父の波動に乗ることで、こっちもテンポを合わせていき、ニコニコ介護ができるのです。 たまに体に痛み(父のパンチ👊)が走... 続きをみる
いきなり10年前の振り返りになりました。 この頃はまだ【介護日記】というタイトルはつけておらず、介護ネタの投稿はほんの少しでした。 この10年前がある意味では介護のターニングポイントだったかもしれません。 明日は何年前の投稿の振り返りになるかしら? ↓ 2013年5月... 続きをみる
訪問診療の日は、いつもスリリングでした。 父の体調が悪いときはもちろん心強い存在の主治医の先生でしたが、それ以外の時は笑える笑える🤣🤣🤣 父が亡くなってからはもうお会いすることはありません。あれから4年経ちました。最後にご挨拶に伺ったときに「四十九日を過ぎたら自分のことを最優先にしてくだ... 続きをみる
父が亡くなった翌日には、ほとんどのものを片づけてしまった母。 もういない父のオムツや歯ブラシをいつまでもとっておいても仕方ないというのはわかりますが、あまりにも早すぎて笑うしかありませんでした。 そして母は今も毎日何かしら捨てています(笑) 自分が死んだときに残された娘の私が困らないようにという親... 続きをみる
習慣とは恐ろしいもので、19年の介護生活で「父を絶対ひとりにしない」という強い思いが心に根付き、毎日ソッコーで帰宅するようになりました。 たまに介護の勉強会&懇親会(という名の飲み会🍻🤣)で遅くなるときもありましたが、それは母が絶対にいるという確約があってのこと。 母も父の介護... 続きをみる
父がいなくなってから始まった母との二人暮らし。今までは父を介護する「チーム·お父さん」で「同志」だったけど、その父というタガがはずれたものだから、まぁ好き勝手になって忙しない毎日となりました(笑) ↓ 【介護回顧録】2019年5月14日 ※父の話題がち... 続きをみる
3-1=2 …… この「1」、父の占める割合がどれだけ大きかったか! 父は寡黙で私と母がうるさかったはずなのに、寡黙な父がいなくなって何で静まり返っちゃうの?って。 でも、やっぱり未だに寂しいです。 来年もう七回忌だというのに、年を取ってからファザコンになった私は涙... 続きをみる
【介護日記】とか【介護回顧録】とかのタイトルもなく、自分のしょーもないことを投稿していました🤣 斎場で食欲旺盛だったんです(笑) たぶん、食いしん坊だった父が、私の肉体を使って食べたんだ……と思いたい💦 つらくても悲しくても、食欲があれば大丈夫💪 いま、メンタ... 続きをみる
レンタルしていた父のベッドを片づけていて、シーツをめくったら背中部分にシミが😭 父がどれほど過酷な20年を生きてきたのかあらためて思い知らされ、胸が苦しくなりました。 精いっぱい尽くしてきた自負はあるんだけど、目の前に事実(シミ)を突きつけられ、父に詫びるとともに、頑張って生きてくれてありがとう... 続きをみる
愛する人が亡くなった後、気持ちの整理がつかなくてなかなか荷物を片付けられないという話をよく聞きますが、私と母は違った!(笑) 大事なのは“父本人”であって、父の“モノ”には執着がありませんでした。 父の柔道着なんて興味なかったし🥋(笑) 長... 続きをみる
諸々の式次第を終え、お骨になった父と過ごす日々。 介護をやりきり、父も眠るように旅立ったせいか、家の中には悲しい雰囲気はゼロ。不思議な隙間は感じますが。 この日はハイテンションだけど、この後感情の波が日によって異なり、「寂しくない」「寂しい」が代わる代わるやってきて自分でもどうなっているんだかわか... 続きをみる
【介護日記】から【見送りレポート】に変わり、さらにタイトル変更(笑) この日は告別式でした。 当時、ものすごいハイテンションでいたのがわかります。おかげで自分のしでかしたこと(?)が記録されているわけですから。 記録がなかったら、きっと何も覚えていなかったと思います。 あの時の自分が書き残してくれ... 続きをみる
父は自宅から斎場へ移され、私たちと離れての一晩。 わずか一晩の別れがとても寂しかった(涙) これからは(肉体とは)永遠の別れが待っているのに(T-T) だから少しでも離れたくなくて、通夜の日にはずっと父と過ごしました。一晩斎場の隣にある家族待合室に泊まり込み、ダイレクトに父の棺に行けるので、何... 続きをみる
2019年の昨日、旅立った父。 翌日からはやること満載でしたが、気持ちにも時間にも余裕があり、穏やかな気持ちで父のあの世への旅立ちの準備をしました。 とはいってもこの日はまだ父の体は家のベッドに寝ていて、訃報を聞いて駆けつけた妹一家や義妹と姪っ子、父や母の兄弟が父に挨拶をしました。 葬儀社へ運ばれ... 続きをみる
今日は父の命日。朝からお詣りに行ってきました。 毎回月命日当日に行くというのは難しいですが、父が亡くなってからは毎月一度は欠かさずに詣っています。 もう【介護日記】じゃありませんが、父を偲んで振り返り❤️ 今日も過去の投稿と同様、柏餅とコーラをお供えに持って行きました。 それと母が作った塩むす... 続きをみる
令和最初の日でしたね。 この日は父が熱を出していましたが、私たちがジタバタしたって父の熱が下がるわけじゃないと己に言い聞かせ、いつも通りの介護をしていました。 そんなに重篤だと思っていなかったんだけどね。だから投稿内容もそんなに深刻じゃなかったんだけどね。 まさかね…&hel... 続きをみる
2014年の頃は、寝ても覚めても遊んでも呑んでも常に父のことが頭にありました。 呑みに行けるというのは、父の体調が落ち着いているということ。友達と呑んだり食べたりももちろん楽しいけれど、家を空ける気持ちの余裕があるというのが何より嬉しいことでした。 時々↓のように外にいるときに家から電話... 続きをみる
過去の「介護日記」があがってこなかったのでお休みしてしまいました。 今日は2016年のがありました。 この頃は口から食べることができなくなっていた父ですが、作って食べることが大好きな父でしたから、何とか少しでも食べる楽しみをもう一度味わってもらいたいと思って、必死に嚥下ケアを試みました。 また... 続きをみる
先日の岸田総理襲撃未遂事件で犯人を押さえつけた赤シャツの漁師さんを見て、父の勇姿を思い出した。 893を川に投げ飛ばしたり、難癖つけてきたチンピラを羽交い締めにして気絶させてしまったりと武勇伝は数知れない。 だけど柔道有段者の父は、決して自分からは手を出さない。 売られたケンカも買わない。... 続きをみる
今日は2016年の今日の振り返り。 誤嚥性肺炎を発症してからは、痰の吸引が欠かせなくなりました。 入院中に看護師さんからレクチャーを受けたけれど、不安で不安でたまりませんでした。 何度やっても自信が持てずにいるからもたついてしまい、かえって父に辛い思いをさせてしまって申し訳なかったなって。 だ... 続きをみる
いきなり2014年まで遡ってしまいました(^_^;) 退院後、要介護状態ではありながらも穏やかに過ごせていたようです。 この前年に誤嚥性肺炎で入院をしてからの介護は、それまでとは一変しました。 とにかく父を注意深く観察し、検温や排尿排便のチェック、念入りな口腔ケアにマメな体向変換等々&hellip... 続きをみる
7年前のこの日の数日前に熊本地震があり、それにまつわる記事がたくさん取り上げられていた頃です。 父のことではありませんが、もし、いま自分のいる地域で大きな災害があったら、父をどうやって守っていこう……と、いつも不安に思っていました。 被災された方々のご苦労を思うと今も辛... 続きをみる
また一昨日に続く2016年の振り返り。 ようやく父が退院して、在宅介護の再開となった喜びと病院への不満(笑)を書き込んでいます。 日常のあれこれは母と私も手慣れたものだし、入浴もずっとお世話になっている訪問入浴のスタッフの方たちのほうがずっと安心してまかせられます(…といいつつ目... 続きをみる
ここ数日続いていた2016年の振り返りから、いきなり2017年の投稿になってしまいました。 父の世話をしながら、前日の15日のことを綴っています。 「マギーズ東京」という場所をご存じでしょうか? HPの説明のコピペですが、 「がんになった人とその家族や友人などが、とまどい孤独なとき、気軽に訪れ... 続きをみる
7年前の今日の投稿を振り返ってみたら、やはり熊本地震の前震が14日だったようです。 東日本大震災のときもそうでしたが、何日も何回も大きな揺れがあったから、どれが本震で前震で余震なのかもうわけがわかりません。 とにかく怖かったことだけしか覚えていません。 自分の住んでいるエリアで大きな地震があっ... 続きをみる
7年前の今日は熊本地震の前震があった日でした。 電車が遅れてて、いつも使っている京葉線は復旧の見込みなし。京葉線のホームまで行ってそれを知り、すぐさま他のルートで…と、総武快速線のホームに向かいました。 わかる人にはわかると思いますが、この間同じ東京駅ながら、このふたつの路線のホーム... 続きをみる
モンスター指数絶賛爆上がり😡💣️⚡ 病院にしてみたら、大勢いる患者の一人に過ぎなくて、薬忘れても「てへぺろ☆(・ωく)」なのかもしれないけれど、家族からしたら大切な宝物よっ💢 患者によってやらなくちゃならないことが違っているから大変なのはわかるけど、だったら何のための申し送り... 続きをみる
まだ【入院日記】です。 モンスター家族の片鱗が見え隠れしてきています(笑) こっちはプロに任せてるから安心できると思いきや、驚くほど「介助」「介護」ができないナースがいて気が抜けませんでしたよ。 ……だけど、直接思ったことをズバッと言ってしまうと、父が人質(入院患者)同... 続きをみる
父の入院生活が長引くにつれて、私はだんだん図々しくなってきています(笑) 最初の頃は心配で毎日涙を流しながら父の手を握っていたのに、いつの間にかソファでまったり。 薄情な娘と思わないでくださいね。 父の体調が落ち着いてきたからこそ、安心して本来のグータラ気質が出てきちゃいました😝 ... 続きをみる
入院が長引くであろうと思ってからは、【介護日記】あらため【入院日記】として投稿していました。 2016年の今日は日曜日なので仕事に行かず病院に詰めていました。 面会で入室するのと退室するのが日にちが違っていて、警備室の人を混乱させてしまったことも(笑) 父の病室ではなく、父と私の部屋のつも... 続きをみる
この日はどういうわけだか4連投稿しています(笑) 仕事が休みだったのかな? 個室なので誰に気兼ねすることなく私も好き勝手やっています。 病院のいろんなことにイライラしながらも、看病と介護の違いを理解するようになり、腹を立てるくらいなら自分から動く!という意識に変わってきました。 こうな... 続きをみる
2016年の今日は2件の投稿をしていました。 入院中の父の元へは、仕事が終わったら速攻で駆けつけるのがお約束。 電車もバスも秒刻みでスケジュール調整が必要でした。同じ電車に乗っても、階段から近いか遠いかの数秒差でバスが出てしまうんです。 脚の速さにとんと自信のない私にはかなり過酷なことでした(なん... 続きをみる
2016年のこの日は、3回投稿していました。 また父が入院となったときです。何回目の入院なのかもう覚えていません💦 父は数日前から腹痛を訴えていたのですが、あまり本気にせず適当にあしらっていました💦 そうしたら本当に痛かったようで、それも下痢とか便秘とかの類いではなかったんです。 主治医に... 続きをみる
この時期は気温の変動が激しく、健康な私たちでさえ体調がすぐれないことが多いくらいですから、父となったらもっと大変! よく主治医の先生が、「変温動物と同じだから、温度調節は気をつけてくださいね」と言っていました。 父本人は暑いのに「寒い!」と言ったり、寒いのに「暑い!」と言うこともあるので... 続きをみる
今日も【介護日記】ではないのですが、介護をすることによって得たご縁からいろいろ勉強会に参加させていただくにつれて、とんでもないお方たちとご一緒させていただくことが多くなりました。 いつの間にか「T先生(元官僚のすごいお方!)を囲む会」のメンバーに加えていただき、地域医療や在宅介護を街単位で考えてい... 続きをみる
相変わらず時系列無視の振り返りです(笑) 今日はいきなり2017年。 まだ父の誕生日ネタを引きずっていますが、この年はもうひとつ、父に関わる大きな出来事がありました。 自営業の店を閉めました。 商人の家に生まれ育った私は、常に家族以外の人間が家にいる環境にいて、思春期の頃はかなり不満に思ったこ... 続きをみる
昨日の3月31日は亡き父の誕生日。だから過去の投稿もほぼ父の誕生日ネタ(笑) そしてやはり……というべきでしょうか、翌4月1日も「昨日は父の誕生日でした」という投稿が多いです。 昨日の振り返り投稿は2019年のものですが、今日の振り返りは2015年。 長く入院をした... 続きをみる